2001年「飛鳥」世界一周クルーズ 乗船記(No.62)

3月26日(月)終日航海 正午位置:南米ガイアナ沖    ドレスコード:カジュアル

 午前6時50分起床。少し遅れて一人で朝のストレッチへ。かみさんの風邪?は悪くならずに済みそうだが、明日のブリッジタウン上陸に備えて休養。
 そのブリッジタウンには、飛鳥の他に三隻の外国客船が同時入港で、街も賑やかになるだろうと、朝の船長の話。
 晴天だが、うねりがあり船はピッチング。トビウオは今朝も飛んだ。

<講演>=午前=
ドナルド・キーンNo.48参照)
「三島由紀夫氏について」
 1970年11月25日、あの衝撃的な自死から30年余、今なお消えることの無い三島文学の魅力とその人柄を、個人的にも親交のあった講師が友情をこめて語る。

<カリビアンダンス教室>=午後=
 バルバドスのダンスグループ"カリボーダンサーズ"のダンス教室に二人で参加。一連のステップを習う。マンボやルンバ、チャチャチャに感じが似ているので覚えやすい。

<ラウンジコンサート>
 飛鳥専属のソプラノ歌手タミー・シャフが、今日は主にアメリカの曲を歌い、洋菓子をつまみにミルクティーを飲みながら聞く。
 夕方の日課デッキ走は、二日雨で休んだのでやや多目の16周。かみさんの散歩は休み。

<カリビアン・デッキ・ディナー>
 さあ〜、いよいよ明日からカリブ海をクルージングということで、今日の夕食は潮風に吹かれながらリド・デッキでビュッフェスタイル。すべての飲み物はサイン不要、即ち無料。とはいっても、今夜はリンボーダンス大会があるのでそうそう飲んでもいられない。
 食事が一段落の後"カリボーダンサーズ"のショーがあり、本場のリンボーダンスでおおいに盛り上がった後、乗客のリンボーダンス大会に参加=写真=した。



 身体の柔らかいおばさん三人と私が残り、さあ〜決勝と思ったら、事故を心配した船側がチャンピオンはダンスで決めるという(一回目の時に二人も怪我したらしい)。
それならと、飛鳥名物イカ踊りや昼間習ったカリビアンダンスの一部を取り入れて即興で踊り、
見事優勝(*^_^*)した。(編者注:朱文字&顔文字追加)

 賞品のリンボーチャンピオンTシャツ=写真=をさっそく着込み、もちろん最後はいつもの様に、乗客、スタッフ、ダンサー入り乱れて輪になって踊る。



<星座観測>
 デッキ・ディナー終了後、21時からのやや遅いイベントだが、スカイ・デッキには大勢の人が集まり、石橋 正 講師の星座の話しを聞く。
 まずまずの空模様で、美しい星空を眺めていると、さっきまでの騒ぎがウソの様。
 部屋に戻って、めずらしく缶ビールを飲んで就寝。

<蛇足>
 デッキ・ディナーの際、席のことでトラブル。いい年をしたおやじが、わめき、どなり大変な剣幕で、相手の女性は無言でその場を離れて行った。原因はよく分らないが、同じテーブルの我々の目の前のことで全く無関係というわけでもなく、いい気持ちはしない。
 これまで飛鳥の乗客のわがまま、自己虫をずいぶん見てきたが、これ程ひどいのは初めて。その後、カイヤオ(ペルー)で下船と話していたので、変なのが早くいなくなれば結構なこと。
 そのオヤジの隣に座った奥さんではないらしいおばさんが "小学校は京橋" というのが聞こえたが、「君子危うきに近寄らず」こちらから声を掛けることはしなかった。

<余談>
 横浜市港南区の住人で、飛鳥でも向かいの部屋のK夫妻、旦那はGOクラブと、なにかと縁があるその奥さんが、持病急変の為マナウスで下船してから五日目の今日、その後の様子をGOクラブ幹事Nさんから聞いた。
 マナウスの病院から、旦那と日本語の出来る看護婦が付き添って空路帰国し、無事成田に到着。旦那は、クルーズ最後の寄港地グアムで荷物整理のために再乗船するとのこと。

No.62