2001年「飛鳥」世界一周クルーズ 乗船記(No.53)

3月17日(土)4時30分 ベレン投錨 16時20分抜錨 ドレスコード:カジュアル
午前6時05分起床。天気はうす曇り。
飛鳥はすでに、ベレンの街沖合い3.7Kmのパラ川中流に錨を降ろしていた。
パラ州の州都ベレンは、1616年にアマゾン地域の政治・経済の拠点として創設されてから400年近く栄えた古都で、現在の人口は約120万人。
旧市街はポルトガル統治の影響でコロニアル風の建物が残り、街路樹はすべてマンゴーの木で赤道直下(南緯1度27分)のトロピカルなムード。が、その実が落ちる時期になったらどうなるのだろう?。
<オプショナルツアー>
ベレン市内観光と現地日系人との交流会(昼食付)165ドル
午前8時、飛鳥より現地のテンダーボートでベレン港へ。
ツアー客が乗りこみ、さあ出発となって"一人来てないから待ってくれ"の声。どうも個人行動のグループが待ち合わせていたらしい。それなら全員そろうまで飛鳥船内で待つのが常識と云うものだろう!。スタッフの "ツアーバスの出発時刻が決まっていますので" との声にも耳をかさず、その一人が来るまで、とうとう100人以上を待たせた。
岸壁では、久々現地の踊りの歓迎と共にベレン観光局からチョコレートと地元マラジョー土器(ミニチュア)のプレゼントがあった。
午前8時30分、港のターミナルよりバスで出発。2台のバスにそれぞれ、観光警察の護衛官が同乗したが、うち一人は若い女性。
★カステロ要塞
1616年にポルトガル人が築いた要塞で、ベレン発祥の地。隣りには活気あふれる市場(例によって近寄るなと云われている、別名・どろぼう市場)が見える。はるか沖合いには飛鳥の白い船体が・・。
★ナザレ大聖堂
バチカンのサンピエトロ寺院を模して1908年に建てられ、窓のステンドグラス・黄金モザイクの壁・天井・正面の祭壇全てが実に見事。
バスに戻り、かみさんは乗車し私は少し離れた場所で10時に大聖堂の鐘が鳴るのを待っていた。と、10時10分に出る筈のバスがすーっと動き出したのにはびっくり。かみさんは中に居るし、人数確認せずに発車する筈は無いし、とは思うものの・・。
もちろん、異国の地に置き去りにされる事はなかったのだが・・。
★エミリオ・ゴエルジ博物館
広大な敷地に動物園、植物園、ミニ水族館、博物館が点在する、アマゾンの自然学・民族学研究の拠点。バスが着いた時、右側通行なのに、道路左側の門前に駐車し我々の降車スペースを確保してくれたのは、例の観光警察・護衛官の大サービス。
★熱帯果樹園訪問、日系人との交流
市内観光を終えて、郊外にある日系人経営の熱帯果樹園へ。
園内を見学後、マンゴスチンやランプータンなどのトロピカル・フルーツ食べ放題、ビール飲み放題でブラジリアン・バーベキュー=写真=を楽しみながら日系人と交流する。

近在から集まった人達が、おにぎり等を作ってくれ、子供達はダンスで歓待してくれた。
帰りには、フルーツやアマゾン茶のみやげまで・・。飛鳥からは皆さんに何をプレゼントしたのだろうか。お礼?に、胡椒セット(15ドル)を2個買う。
14時30分、港のターミナルに帰着。
個人行動の顔見知りがビールを飲んでいたので、我々も合流してビール(2R$)で一息つき、出発間際の15時の便に慌ただしく乗った。
すぐに岸壁を離れた飛鳥のテンダーボートはあたりをウロウロするばかりで出発しない。
どうも、ギアーがバックにしか入らず前進出来ないらしい。せっかく乗ったのに、また降りて次の便かと覚悟を決めたら、走り出した。ヤレヤレ。パラ川といっても見た目は海そのもので波高く、ボートは大揺れ。
<夕食>
和食(マグロの刺身、和風ハンバーグ)に、ベレンで仕入れた泥カニ。
<エンターテイメント>
上陸日の変則で、「ア・トレス」の「ボサノバ・ラウンジコンサート」が夕食前にあったのをパスして日課のデッキ走(11周)をし、夕食後は先日のホワイトデーギフト(カジノチップ5千円分)を使いに、初めてラスベガスコーナーに行く。
ルーレットに挑戦、二人で1時間余り遊べたが、最後はゼロに。
グランドホールを覗いてみたら、バンド演奏にめずらしく歌手がつき、踊り易い選曲にならないので早々に引き上げる。
長〜く感じた一日が終り、23時05分就寝。
No.53
