2001年
「飛鳥」世界一周クルーズ 乗船記(No.32)

2月24日(土)18時 ケープタウン出港 ドレスコード:カジュアル
午前5時45分起床。停泊して揺れない船で寝たのは初めての事だが、特になにも感じな
い。船の生活に慣れ、揺れても揺れなくても関係無い?。
天気は快晴。今日は一日かけてケープタウンから南に伸びるケープ半島を周遊し、夕方に
は出港する。
<オプショナルツアー>
喜望峰一日観光(昼食付)187ドル
7時30分、バス4台で出発。
★ホウトベイ
大西洋の海岸線に沿って南下し、着いた所が入江の漁港。桟橋から小型の遊覧船に乗って
「アザラシの島」へのミニクルーズ。「ドイカー島」の岩礁いたる所に数え切れない程のケ
ープ・ファー・アザラシの群れが生息しているのは壮観。

ケープアザラシ
★ケープポイント
海岸線を更に南下、喜望峰自然保護区に入る。駐車場でバスを降り、ケーブルカーに乗り
換え、頂上駅からさらに階段を10分ほど歩いて、やっとケープポイント・ピークに立つ灯
台にたどり着いた。
ここから猛烈な風に吹かれながら眼下に喜望峰、そして左インド洋と右大西洋を同時に見
る。
★喜望峰
再びバスで本来の喜望峰
=写真=へ。

ここに"KAPE OF GOOD HOPE" 南緯34度21分25秒 東経18度28分26秒の表示が
あり、観光客の写真スポットで順番待ち。
GPSで確認したところ、南緯は同じ数値、東経が28秒と出て2秒の誤差。
★昼食
自然保護区内でダチョウやヒヒに出会い、今度はインド洋の海岸線に沿って北上し、サ
イモンズ・タウン付近のレストランで、ビールとシーフードの昼食。
★ボルダーズ・ビーチに
立ち寄り、南部アフリカ沿岸に分布している小型の「ジャッカスペンギン」
=写真=を見
学。

彼らは一生つがいで暮し、一方が死んでしまうと相方も死んでしまうとのこと。
オス・メス関係無く、どちらかが海に出てエサを取り、それを相方と分け合って食べるの
で、戻って来ないとじっと待ちつづけ餓死してしまうらしい。
★カーステンボッシュ植物園
今日の観光コースを終え、一路ケープタウンへ。途中トイレ休憩をする、と立ち寄ったの
がなんと南ア最大の国立植物園。
17時帰船。
<ビアガーデン>
夕食前のひととき、船尾リド・デッキにオープンしたビアガーデンで生ビールを飲みなが
ら、ケープタウン出港風景を眺める。入港時とは大違いで快晴風も弱く順調な出港。
<スカイ・デッキ集合写真>
18時45分、予告どおり航空写真家・中村庸夫氏がヘリコプターで飛来。
ケープタウンの街とテーブルマウンテンを背景に、飛鳥スカイ・デッキに集合した乗客を空
撮した。
=写真=

=中村庸夫氏撮影=
乗客が皆引き上げた後も二人残って、遠ざかり行くテーブルマウンテンを眺めていた。
=写真=

<第1回ビンゴ大会>
出港の夜にエンターテイメントは無く、クルーズ最初のビンゴ大会。
"飛鳥のクルーズチケットや各寄港地のお土産もたくさん用意している"というので、張り
切って出かけたが、ストレート−セブン−アンラッキーの三種いずれも駄目で、強運の持ち
主かみさんも今回は私と同じ。
出港は穏やかだったが陸地を離れ、大西洋に出たとたんに横風によるローリングが始ま
り、夜になって揺れが激しくなる。22時40分、早めに就寝。
<飛鳥ニュース事情>
情報過疎の船の上、私は100日間一切の外部情報と絶縁する気でいたが、「讀賣FAX
PRESS」と云う名の日刊紙(A4数ページ)が毎日船室に届けられる。
いつもほとんど見ないのだが、今日ふと目にした記事の内容は、
「明石市の尾崎修平さん(28)がアフリカ大陸を自転車で縦断し、22日、大陸南西端
の南ア・喜望峰にゴールインした。日本を出発して十か月、ケニアから南アまで九か国八千
キロの旅だった。」
普段なら、なんということのない記事だが、その二日後の今日、自分もそこに立ったと言
うことで、他人じゃないという心境。元登校拒否生徒だった日本の若者に拍手!。
No.32
