2001年 「飛鳥」世界一周クルーズ 乗船記(No.6)

1月29日(月)7時 マニラ入港 17時 出港     ドレスコード:カジュアル

 三日間の終日航海を無事終えて、いよいよ最初の寄港地、フィリピンの首都メトロ・マニラ
の中心マニラ市へ。午前6時前、まだ暗いうちから起きてデッキに出る。すでに歩いている人
が居るのに驚く。マニラ入港準備で、船の最後尾には行けなかったが、少し手前で一人だけの
慰霊祭をする。
 部屋の花一輪を海へ投げ、四国遍路以来毎朝となえている「般若心経」を心を込めてささ
げ、先の大戦において、この海域で命を落としたすべての人に合掌。後半は南太平洋の島々を
巡るこの夢のような航海の最初に、どうしてもして置きたかったこと。

短歌一首「花一輪 海に投げ入れ 経をよみ 水浸くかばねの 無念に涙す」蘇山
 (演奏が始まるまで少々お待ち下さい。) _
          鎮魂歌作曲:たけちゃん 演奏:hisayoさん 
鎮魂歌2編曲・演奏:YASUさん      _
<郵便物投函>
 初の寄港地で忘れてならないのは郵便物の投函。自宅宛とレタックスをくれたIさん他に、
フォーマル姿の写真を挟み込んだ飛鳥仕様の特製ポストカードをレセプションに託す。(現金
で1枚70円、ちなみに封書は100円、すべての寄港地で同額だった)

<現地通貨の両替>
 現地の係官が乗船して、臨時の両替所を開設。両替は2,000円単位で、800フィリピ
ン・ペソとの交換レート。逆の再両替は出来ないので、1単位のみとする。

<オプショナルツアー>
 タガイタイ1日観光 山と湖の景勝地 昼食:フィリピン料理 75ドル
 午前9時バス2台で出発。悪名高いマニラの交通渋滞を覚悟していたが、やけに飛ばす。何
か変だなと思っていたら、若くはない日本人女性のガイド曰く「2台の白バイが先導して道を
あけ、赤信号でも止まらない」と。飛鳥の乗客はVIP待遇なのだそうな。
 しかも、2台の内長身のポリス=写真左端=は、アロヨ新大統領の護衛官だという。ガイ
ドがそのポリスに「大統領をほっておいていいのか?」と聞いたら、「飛鳥の乗客が一番で、
大統領は二番だ!」と答えたとか。


=ラスピーニアス教会前にて=

 この先、どんな事があるのか未知だが、マニラでのこの待遇はトップクラスの話題であるこ
とは間違いない。
 目的地は見慣れた日本的風景だったが、都心から郊外を経て標高700mの避暑地までの沿
道をバスの車窓から眺めて、この国の今を垣間見ることが出来た。特に高層ビルと雑然とした
スラム街の対比が印象的だった。(15時帰船)


タガイタイの風景

<エンターテイメント>
 今日は、停泊中だけのローカルショー「バヤニハン」によるフィリピン民族舞踊で、15時
45分からの2回目公演に間に合ったので見ることが出来た。夕食後のいつもの公演は無く、
暇なので、先日前半だけ見た映画「マトリックス」の後半を見る。

<さようならマニラ>=写真=
 夕食前のひととき、船尾リド・デッキで生ビールを飲みながら、マニラ出港風景を眺めてい
た。ちょうど日没どきで、皆で待っていたが、あいにく雲隠れ。かみさん他皆あきらめて帰っ
て行くなか、"雲と水平線のわずかな隙間にきっと顔を出すはず"と日没観望のプロを自称する
私はしつこく待って、とうとうただ一人マニラの日没を見届けた。
 クルーズ同行カメラマンの島内英佑さんが、慌てて戻って来たが、時すでに遅し。



<フィリピン人乗組員>
 飛鳥では17ヶ国268人の乗組員が働いているが、その大半はフィリピン人。彼・彼女等
にとって母国マニラ入港は一大イベント。一族郎党・友人が大挙して(後で聞いたら1,20
0人)岸壁を訪れ再会することに。
 船側でも気を使って、広い人工芝のスカイデッキ(11階)を開放し、船内見学も認めると
のこと。飛鳥に乗船していることは、彼・彼女等の誇りなのだろう。我が客室係のフィリピン
女性"DAWN"さんに、入港祝いの気持ちとして10ドル紙幣を、持参したぽち袋に入れて枕
の上に置く。

No.6