2001年
「飛鳥」世界一周クルーズ 乗船記(No.1)
2001年1月24日(水)14時 横浜出港 ドレスコード:カジュアル
午前7時起床。いつもどおりの牛乳ホットのみの朝食。11時30分「パシフィコ横浜」
での受付開始に合わせて、港南台駅から桜木町までJRで行き、勝手知ったランドマークタ
ワー横のショッピングモールを行く。荷物は積み残した小物を入れた、寄港地ツアー用のキ
ャスター付バッグのみ。東日本各地から横浜港をめざして集まって来る乗船客のことを思う
と、"ちょっとそこまで気軽な旅へ"という感覚の地の利に感謝。
受付を済ませ、バスで新港埠頭へ移動(大桟橋は'02年のワールドカップに向けて大改修
工事中)。型どおりの出国手続きをして、飛鳥のタラップを昇る。
船長以下クルーの出迎えを受け、いよいよ飛鳥の人になるのだ。その船長は顔見知りの乗
客を見つけると「お帰りなさい」と挨拶し、ホールのそこここで乗客同志が再会を喜び合っ
ている。あゝやはりここは異常な世界!。
キャビンは736号室
プロムナードデッキと呼ばれる7階の左舷側中央付近で、最も揺れが少ないはずと希望し
ていた部屋である。 その名のとおり、この7階だけに船を一周できるデッキが有り、周囲
370m、後にひたすら走ることになる。
部屋にはダンボール10箱の荷物がすでに運び込まれていて、この整理が初日の大仕事。
机の上を見るとレタックスが一通、小学校の同級生Iさんからで、全く予想外だったので感
激した。
13時15分出港セレモニー
横浜港側の挨拶、船長の挨拶、乗客代表(最高齢88歳の男性二人)に花束が贈られ、楽団
が演奏する中、お約束のテープ投げ。

横浜出港風景 =島内英佑氏撮影=
昨年三月、この岸壁で飛鳥を見送り、"来年は送られる側だ" と思って十ヶ月、とうとう
その時が来た。この先の楽しい日々を想って、日本をしばらく離れる感傷は無い。
夕食はダイニング・ルームの座席数約300より乗客数が多い為、二回制で、1回目が
17時15分、2回目が19時15分。我々は勿論これまでの生活に近い2回目を選択した。
本日のメニューは洋風で、魚は甘鯛、肉は和牛ロース。二人でビール小瓶2本を飲む。
因みにアルコール類は有料で、ビール小瓶は400円。
食事後、船内探訪。プロムナードデッキを一回りし、6階のグランドホ−ルへ行ってみた
ら、初日から7組ほどが踊っていてびっくり!ただ眺めるだけ。疲れからか不調のかみさん
を部屋に残し、ひとり10階のビスタラウンジへ。
数人の客の為に専属ピアニストのケビン・クロワーが弾く手元が見える席に座り、彼女の
「リクエストは?」の問いに、家で練習中の「ショパンのノクターンNo.2を」と答える。
飲み物は、エルニドまでのおすすめカクテル<サンパギータ・フラワー>。サンパギータは
フィリピンの国花だそうな。
10階船首に位置し、270度の眺望を誇るラウンジも、外は真っ暗な海。その中を船は
静かに西へ進む。その先にいったいどんな世界が待っているのだろうか。
◇いきなりハプニング
キャビンのドアーキーはカードタイプ。別々に行動出来る様に二枚くれた。部屋に入ろう
とカードを入れてもドアーは開かない。"入れ方にコツなど有るわけない"と何度やっても開
かない。まいった!
かみさんがやったら開いた。なんだ!人を見るのか?それならと、も一度挑戦したが駄目。
二枚のカードをよくよく見比べてみたら、なんと孔の位置が明かに違う。
飛鳥にしてこのチョンボ! さっそく5階のレセプション(ホテルのフロントに相当)に
出向き新調してもらった。
No.1
