2001年「飛鳥」世界一周クルーズ 乗船記 (はじめに)



ケープタウンにて(2月24日頃通過予定)     =中村庸夫氏撮影= 


いつの頃からか、定年(即ち還暦の '00年10月末)を迎えて自由の身になったら
船に乗ってのんびりと、この地球が本当に丸いのか、自分の目で確かめたい
と思いはじめ '94年2月からはその為の積み立ても始めた。

 '99年3月末に思いがけず、傾きかけた会社の早期退職者募集に応じ
定年まで1年7ヶ月を残して退職することになり職安通いをしていた6月のある日
日本郵船の客船「飛鳥」による '01年世界一周クルーズの発表を新聞で知り
さっそくJTB上大岡からパンフレットを取り寄せ検討を始めた。

 それまでの北半球を巡るコースと異なり、初めて喜望峰を越え南半球を巡り
あのアマゾン川を遡るという新世紀初頭の100日間冒険航海に
還暦記念と妻への感謝をこめて参加を決意した。

ところが、肝心のその妻が「三ヶ月以上も家を留守に出来ない」だの
「孫の顔が見られないのはさみしい」だのと屁理屈をこねて、首を縦に振らない。
一千万円程の費用の内、積み立て半ばで退職したので金銭面を心配したのかも知れない。

◇  ◇  ◇

誰もが羨む、豪華客船での世界一周の旅に出るのに
なんで頭を下げて頼まなければならないのか?、という気持ちは胸に秘めて
一人じゃさみしい! ダンスは一人じゃ踊れない!
とひたすら説得して「参加申し込み書」になんとか署名してもらった。

 それから一年余の歳月が流れて、'00年8月9日にクルーズ説明会が
横浜港に停泊中の飛鳥で行われ(他に神戸と福岡)
横浜から乗船することになる人達と共に参加した。

「今回、飛鳥に初乗船の方は?」との問いかけに
手を挙げたのは、ざっと1/4程でビックリ。
昼食時同じテーブルに着いた八人の内、我々を除く六人がリピーターで
なにか違う世界に飛び込んでしまったのだろうか?。

 とにかく、これがほんとの "乗りかかった船" と諸々の準備を重ね
ダンボール10箱の荷物をペリカン便で送りだし
'01年1月24日出発の朝を迎えた。

 5月4日横浜港に帰り着くまで、日本の暦で101日間 飛鳥船上と
寄港先で過ごした100日のあれこれをクルーズ日誌に沿って紹介する。

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